作品紹介

【ボーカロイド曲を紹介していく連載】第8回~ヒップホップ

みなさんこんにちは。

ボーカロイド曲を紹介していく連載企画、第8回目は<ヒップホップ>です。


■ヒップホップとは

ヒップホップはよく音楽ジャンルのひとつとして認識されがちですが、「グラフィティ」や「ブレイクダンス」なども含んだ総合的な文化のことを指します。また、それもアメリカの社会・経済的な変化を反映して築き上げられてきたものであるため、ヒップホップについて正確に語ろうとすると膨大な資料にならざるを得ません。この記事ではヒップホップの誕生の部分にフォーカスしてざっくりと紹介していきます。

ヒップホップの歴史として、まず初めにDJのKool Herc(クール・ハーク)をとり上げます。ジャマイカ出身の彼は、改造を施した独自のサウンド・システムと、レコードの一部のかっこいいインストのパートを繋げてループさせる「ブレイク・ビーツ」の手法を開発し、ニューヨークのブロンクス地区で一躍有名なDJとなりました。また、彼の流す音楽に合わせてフリースタイルなダンスを披露し、ダンスバトルを繰り広げるようになります。これが「ブレイクダンス」の誕生と言われています。さらに、DJがMCとしてプレイの合間におしゃべりをして、客を楽しませたり盛り上げたりすることもしていました。これはレゲエから生まれた文化で「トースト」と呼んでおり、ラップの原点とも言われています。

さらに、Africa Bambaataaは膨大な音楽知識をもとに、ファンクが中心だったヒップホップに多彩な音楽ジャンルを持ち込み、またGrandmaster FlashはDJにスクラッチの手法やドラムマシーンの導入、MCを多用したよりエンターテイメント性が強いヒップホップを追求していきました。このようにしてヒップホップは徐々に形作られていきますが、この段階ではブロンクス地区だけで共有されていた文化で、外部の人は知らないものでした。

そんなヒップホップの文化が外部から注目を集めるようになったのは、ビルの壁などに描かれた絵画「グラフィティ」がきっかけでした。注目を集め始めていた時期に初めてのヒップホップのレコードがSugar Hill Gangによって発表され、シングルの"Rapper's Delight"(1979年)が大ヒットしました。これにより、ヒップホップという文化が認識されると共に「ラッパー」という言葉も広まっていきます。さらに、Grandmaster Flashはアルバム『The Message』(1982年)を発表し、黒人社会が良い方向に向かっていないことラップで描写したことで、ダンス音楽だったヒップホップにメッセージ性を持たせています。

また、ドキュメンタリー映画『Wild Style』(1983年)の公開によってヒップホップを構成している「グラフィティ」「ブレイクダンス」「MCによるラップ」が紹介され、この映画をきっかけに世界中にヒップホップが広まることとなりました。この後の80年代・90年代にもとりあげるべき重要なトピックがありますが、詳しくはJeff Changによる『ヒップホップ・ジェネレーション』などを参考にしてみてください。800ページを超える大著で読破するのは大変ですが、ヒップホップの歴史が詳細に記されています。

ヒップホップの音楽については、2017年にTHE HOOD INTERNETが『ヒップホップの40年』という動画を公開しており、ざっくりとですがその歴史を体感することができます。

 


■ボーカロイドとヒップホップ

ボーカロイドが用いられているヒップホップは、niconicoでは主に<ボカロラップ>および<ミックホップ>というタグで共有されています。2014年頃までは、ヒップホップか否かに関わらず、ラップをしている作品であれば<ボカロラップ>というタグを付けていました。ヒップホップとそうではない作品が混同してしまっていたため、後にヒップホップの作品を区別することを目的として<ミックホップ>タグが作られました。niconicoで<ボカロラップ>および<ミックホップ>をキーワードで検索してみると、およそ1,000曲程度の作品がヒットします。

niconicoに投稿されている作品はこちらから探すことができます。

<ボカロラップ>および<ミックホップ>のキーワード検索

 

初期のボーカロイドによるヒップホップで挙げておきたい方はtysPさん、ヒーリングPさん、nak-amiさんです。

まずtysPさんですが、投稿初期の頃からボーカロイド曲のタイトルを歌詞に取り入れながら押韻していくラップする作品を投稿しており、例えば"エメラルドコースト"(2008.04.19)では軽快なニュージャックスウィング風の軽快なビートに乗って初音ミクが歌い、鏡音レンがラップしています。ヒーリングPさんも早い時期からボーカロイドのラップに取り組んでいる方で、"The Bond Music"(2008.03.24)では短いセンテンスの中で何度も押韻していくスタイルで鏡音リン・レンがラップしています。

nak-amiさんが初期に投稿した"BOOOOST!"(2008.05.25)はジャンルでいえばドラムンベースにあたりますが、初音ミクを歌わせるのではなくボイス素材としてスクラッチさせて導入しており、ヒップホップの素養が垣間見える作品です。後半のホーンセクションとビートがずれていく部分もそのまま活かして即興性を持たせているのも面白いポイントです。

ヒップホップでは複数のラッパーが次々とラップをして1曲を形成していくマイクリレーというスタイルがあります。これを大々的に作風に取り入れたのがToreroさんです。音楽的なスタイルはロックとヒップホップを組み合わせたミクスチャーロックが主軸ですが、"R.O.C.K.E.T"(2013.07.09)に代表されるように初音ミク、鏡音リン、巡音ルカ、GUMIの4人のラップの掛け合いが特徴です。

ボーカロイドだけでなく、作者自身もラップしていく作品もあります。山本ニューさんの"クラブ・コロンボ"(2008.10.11)ではその名の通り『刑事コロンボ』でおなじみのHenry Mancini "Mystery Movie Theme"を大胆にサンプリングし、山本ニューさん自身と初音ミクがラップを披露しています。また、iNatさんの"シーイズライカビリージーン"(2014.07.27)ではMichael Jackson "Billie Jean"を引用したトラックでb5a3f4a2さんと初音ミクが見事なラップの掛け合いをみせています。

ボーカロイドのラップ手法という点に着目するなら、松傘さんやXnaga Yuzoさんが外せない存在だと思います。松傘さんは"SOUND WORM"(2013.12.15)のように、初音ミクによる変則的なラップのスタイルを生み出し、そのアートセンスも相まって、不気味で魅力的な作品を発表しています。また、Xnaga Yuzoさんはアカデミックな側面からボーカロイドやヒップホップと向き合っている方で、"Ultimate MIKU Song"(2014.06.03)など、ボーカロイドによるラップを追求しています。

ボーカロイドだけではなく、UTAUやほかの合成エンジンによるヒップホップを発表している方もいらっしゃいます。例えばmayrockは、"他愛ない話"(2015.10.26)のように重音テトがささやくようにラップし、メロウなトラックに、詩的で独特な歌詞とライミングという抜きん出た作品を発表しています。また、GERESNA01さんは主にCeVIOのさとうささらを用いており、"悪魔の策略"(2015.11.27)ではアングラで怪しい雰囲気のトラックに乗って緩急のある高速ラップを披露しています。

ラップではなくビートに着目すると、neilguse-ilさんやMSSサウンドシステムさん、空海月さんなどが挙げられると思います。

neilguse-ilさんは、例えば"自分の音楽からは逃れられない"(2013.06.04)に代表されるようにジャズを基調としたトリップ・ホップ(ヒップホップの派生ジャンル)な作風で、短いフレーズのループではなく曲全編を通して展開して進み、音景を描いています。GUMIもラップするのではなく楽器の音に近いほど短いフレーズを発声するだけに留めているのも、世界観の統一に一役買っています。MSSサウンドシステムさんはサンプリングと激しいドラムによる太いビートが特徴的です。例えば、"耳なりはフェンダーローズ"(2017.03.19)はPharoah Sanders "You've Got To Have Freedom"を大胆にサンプリングしたサウンドが印象的で、初出のバージョン(2013~2014年頃)はそのサウンドの迫力から驚いた方も多かったと思います。

空海月さんはもともとテクノポップを発表していた方でしたが、徐々にヒップホップのサウンドを取り入れていった経緯もあり、"midnight music"(2014.03.29)テクノポップ由来のポップでかわいいサウンドと洗練されたヒップホップのビートが共存する楽しい楽曲を作り上げています。

 

以上、ボーカロイドが歌うヒップホップでした。ヒップホップのひとつのスタイルとしてポエトリーリーディングがありますが、そちらは次回紹介しようと思います。

それではまた次回。

/しま

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